シャガールの作風、生い立ち
シャガールの作品と生い立ち、そして作風
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シャガールは1887年に誕生し、1985年に亡くなっています。 ロシア出身でありますが、彼が生まれたヴィテブスクはユダヤ人が多く彼もその中のひとりでした。 彼が生きた時代には第二次世界大戦が勃発し、ナチスの迫害が強くなった時代でもありました。 そのため彼はアメリカに亡命して迫害を逃れ、後にフランス国籍を取得したためフランス画家として紹介されることが多いです。 現在でも彼の作品を取り扱った美術館は多く、展覧会を開けば大盛況です。 それは彼の世界観が現代人にも強く訴えかけるような、魔法とも言うべき力があるからかもしれません。 「見えないものを見えるようにするシャガールの魔法」と言われるほど、彼の描いた絵画はインパクトがあるのです。 それは実際に間近で見たことがある人なら分かることでしょう。 |
シャガール展で本物絵画を楽しもう
現在もシャガール展が開催されている地域がありますので、まだ見たことがない方は、ぜひ彼の作品を体感してみてください。 独特の作風に、初めて見る人は驚いたり感動し言葉が出てこない人もいます。 ロシア、フランス、アメリカなどいろいろな国に渡り絵画を描いていたシャガールですが、1944年まで共に生きた妻ベラへの愛が詰まった絵画が多く存在します。 その色彩から見ても、いかに彼がベラを愛していたのかが伝わってくることでしょう。 彼女がなくなってからも、彼女に対する愛は全くなくなりません。 生涯愛し続け、彼が生み出す世界にもその想いが描かれていると言われています。 他にも「誕生日」「天蓋の花嫁」「青いサーカス」「七本指の自画像」「天に捧げる花束」など、多くの有名な絵画を発表し、賞賛されています。 |
シャガールが生みだす様々な表現
ここまで説明すると、なんだかシャガールが生み出した絵画は全て華やかなイメージを受けた人が多いかもしれません。 ですが彼は暗い色合いを使った版画も生み出し、孤独や革命を表現しています。 是非そちらの方も見て、作風の違いを味わってみてください。 どちらも体感することで、より彼の愛や素晴らしさに胸を打たれる人が多いです。 実は日本で有名な本田宗一郎氏と出会ったことがあるエピソードも、彼のファンなら知っていることでしょう。 本田宗一郎氏にプレゼントされた毛筆や硯、墨に興味を抱き、夢中で試してみたという、彼の芸術への強い探究心をうかがわせるエピソードも残っています。 生い立ちを知っていくと、思わぬエピソードもしれてより彼のファンになるはずです。 皆さんは彼の生い立ち、生涯を知りどんな感想を抱きましたか? |
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