名画を生みだしたゴッホの生い立ち
ゴッホの生い立ちについて
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あまり生い立ちについては、知られていないかもしれませんが、ゴッホはオランダの牧師の家庭に生まれました。 グッドクリスチャンファミリーで、兄弟は彼をいれて6名もいました。 若くして、画商野本で働き始めましたが、その後解雇されたのを機会に、イギリスで教員をしていました。 やがて父が牧師だったので、彼もまた、聖職者になろうと神学校受験試験のための勉強に励むも挫折してしまいます。 そして、その頃から絵を描くようになりました。 いつの日か、彼の作風は明るく変わっていきます。 というのも、芸術の都、パリに引越して、美術館をめぐったり、多くの画家との意見交換などを通して、印象派の影響を受けた事が、起因しているかもしれません。 やがて南フランスに引越しました。 この頃に描いた作品で「アルルの跳ね橋」は彼の作品の中でも明るさがある、という感想を良くききます。 時を同じくして、彼は花や果物の絵も多くかくようになりました。 これが「アイリス」や「薔薇」といった絵画です。 代表作ともいえる「ひまわり」はなんと4回も描かれたそうです。 また「夜のカフェテラス」という名作も、次々に描きあげました。 |
ゴッホの名画「ローヌ川の星月夜」
しかし、その後、彼は病院を入退院することになるのですが、この間にも、「ローヌ川の星月夜」などの風景画を描いています。 ゴッホはやがて、時折精神に異常をきたす事があり入退院を繰り帰しますが、そんな中でも怪我をした自分の自画像を描いてみたり、自分を診てくれている、若きインターン医師の肖像画を描いたり、と、気さくな一面ものぞかせています。 他の有名な画家のように。 順風満帆ではなく、家族からも厄介者扱いされ、厳しい経済状況の中にあって、やや弟に頼って生活していたゴッホですが、その心のうちは孤独な人だったのでしょう。 当初描き始めた絵は、やや暗いタッチのものが多かったなか、フランスに引越してきてからは、色調も暖かく、美しい風景画などを描いているので精神の安定を感じます。 |
謎めいたゴッホ
しかし、その一方で、生涯を通して、変わり者、精神を病む人、などといわれてきた彼は、なんとも謎めいた人です。 日本の美しい風景や、女性画などにも興味を示し、感性が豊かな事を感じさせますが、その生涯を知ると、まるで画家というよりは、映画の主人公のように思えてしまいます。 ゴッホの生い立ち、暮らしぶり、フランスに引越してからの時系列にそって、絵を見ていくと、彼の心の動きや当時の気持ちなどを知る事ができて面白いかもしれません。 是非、いつかゴッホ展が開かれる時には絵を見てみてください。 そして レプリカの絵画購入をして、家でじっくり鑑賞してみるのも興味深いかもしれないですね。 |