サルバドールダリの「記憶の固執」には、いくつもの柔らかな時計が描かれています。それぞれの時刻を示す時計は、思い出が形作られた瞬間を示しているのかもしれません。また、時計達がかけられているそれぞれの場所は、思い出となった場所をモチーフにしているのではないでしょうか。そこにただ静かに存在し続ける柔らかな時計は、キャンバスに描かれた静寂な風景の中で各々にただ1つの時間を主張し続けているのです。風が吹けば飛ばされてしまいそうな柔らかさをもつ時計が、ある時刻を刻んだまま変わることなくキャンバスに存在するというのは、人々が日々刻み続ける記憶の一瞬一瞬を表しているのかもしれません。時間の流れが持つ厳かな悠久の空気を感じさせる時計と共に、人々が生きた証しともなる記憶領域を象徴する風景は、見る人の心を粛然とした気持ちに誘うことでしょう。